水のようにいきる

流れるように生きていきたいひとです

いつか手間を愛せるように

こんにちは。気づいたら年末ですね。

ひんやりした空気に、家々のイルミネーションが町と心を癒してくれるこの季節。

いいですよね。

 

ゆっくりーと、12月の 灯りがともり始めー(←好き)

 

毎日こんなかんじでくらしてます ↓。

 

おばあちゃん

ばーちゃん、かわゆす・・・

 

 

 

なんていいながらも内心、この1か月、実のところはまぁまぁ焦っておりました。

やはり冬って体調がいともカンタンに崩れるんですよね。

 

月並みですが、家族交互に体調をくずして中々作業がはかどらない毎日をおくっていました。

こどもとふざけあったり、遊んだり、世話や身の回りを整えていくだけで日々が過ぎていく。

片付けや洗い物や洗濯物は「あ。」っという間に簡単に増えていくので、

その時間をさしひいて残った作業時間はわずか。

 

カラダが資本だから無理もできないし・・・。

うーむ。

 

 

そんなこんなで、立てた目標とは裏腹に次々に積もっていく家事育児仕事タスクにどうすることもできず、

いよいよ無力感に打ちのめされ、昨夜は一人泣きながら皿洗いしていました。

 

なんでこんなに仕事が思い通り進まないのだ。

咳をしてもひとり。

 

うーむ。

ヤヴァイな・・・。

 

 

▼ ふとんで一晩寝る +HP 100 ▼

 

 

一晩過ぎ、全力感傷モードがやや溶け始めました。

そしてさきほど、

バラバラと落とした韃靼そばの茶葉の数々を拾いながら、ふと思いました。

 

いまは生き急いでいるから余裕がないけど、

いつかこうやって落とした茶葉を拾う手間さえも

楽しめるときがきたらいいなぁ・・・と

 

 

いまはその未来に向かって必死に走っているときなんだ。

そう思えば、多少の喧騒も、多少の苦労もなんてことないはず。

 

 

 

ふりかえれば今更なことで、

こういう感情は何度も経験してたんだった。

 

 

仕事で迷惑をかけまくり、罪悪感で泣きながら帰ったり。

誤解を生んだのにきちんと状況説明できず、泣く泣く自分の非として受け入れたり。

あげくに泣いてるところを夫の同僚に見られて、恥ずかしさに消えたくなったり。

 

 

そう、自分の無力さなんて痛いほど知っている。

だけど、打ちのめされるたびに悔しさをバネにしてやってきたと思う。

多かれ少なかれ、みんなそんなかんじで頑張って生きているのだろう。

 

仕事にかぎった話ではない。

ちょっとした生活の一場面を切り取ったら、

みんなそのようなことを経験して強くなっているんだろーな、と思う。

 

 

いま無力を感じるのは当たり前であって

心を強くしなやかにする練習をしている段階なわけであって

 

 

はたしてこの延長線上に成果が現れるかはわからないけど

でも失敗と練習を継続した先にしか、願いの実現はないから

 

 

いつか「なんでもない時間」を楽しむために、一歩ずつを継続する

「無力感をもう繰り返したくない」ともがいている自分もいつか好きになる

 

目標を達成しても、この気持ちは忘れたくないから大事にしよう

 

夢見てるから儚くて、 探すから見つからなくて、 欲しがるから手に入んなくて途方に暮れる~(←まさに)

 

 

また感傷モードになっちゃうのでこのへんにしておく。w

 

 

日々勉強ですな。

いつかかわいいばーちゃんになるんじゃ。

 

 

それと余談ですが、韃靼そば美味しいです。

そば好きの方、ぜひご賞味あれ。

 

 

いつも葛藤ばかりですが、ここまで読んでくださってありがとう。

あなたの一日も優しく温かい時間となりますように。